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  • 2014.04.11 Friday

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    波乱の4月

    • 2014.04.10 Thursday
    • 23:43

    ふつうに毎日生きてるだけなんだけど

    つい先日、大家さん(推定80歳くらいの女性)から退室後の下水道調査費用をふっかけられて、話し合いを2度持ち、現在小康状態。

    老獪というか、お金がかかることに異常に嫌がるというか、老人のすごさを悪い意味で見せつけられました。ヤマは、大家さんが敷金から必要諸経費を引いて振り込んだ額を明細と突き合わせた時に。ディスコミュニケーションのもたらした事故になりそうで、安心はまったくできません。

    その他、プリンターのインクを替えたのにますますプリントできなくなったことや、コンタクトレンズを洗っていたら割れて買い直すはめになったりとか、数ヶ月前に引き取ったと思ったスーツが見当たらず、クリーニング屋に問い合わせても見つからなかったりと、踏んだり蹴ったりとはこのことかと思うくらい続きます。災難のお祭り状態です。

    おまけに現在使用しているパソコンの不運が。WindowsのOSはXPなのですが、つい先日にマイクロソフトのサポートが終了してしまいました。おっかなびっくり使ってます。使える物を買い替えるというのは自分の生活のポリシーからしてイヤなので抵抗したい感じです。

    なんだかんだで今の仕事は出版と縁が切れず、それでもプライベートでは距離を取り始めたけれど、この数年に芽生えた程良く遠ざかりたい気持ちの原因が何なのかがいまだに説明できません。いつのまにか編集分野で進行管理をしている自分が、時に業界に呑み込まれそうで不安になり、現在の仕事も要観察・要注意だと言い聞かせて人当たりよさを出しながら働いています。会社に勤めるのではなく会社に仕事をしに行くスタイルで、自分をすり減らさずに生きていくことが現時点では目標のようなものです。

    新しい場所に落ち着いたら、本格的にブログを再開していきます。

    新しい場所では、在宅で仕事をできるスペースを確保して、個人事業主の申告をしようと思います。…やっぱり転居後もバタバタ生活のようです。

    書きたいことはあれど

    • 2014.03.08 Saturday
    • 13:34
    …3月になってしまいました。
    この間、徳島の太布のこと、武蔵野でかつて栽培された紫草のことが少しだけ進みました。が、肝心の記事が書けていない状況です。
    今年からは布のことを中心に植物や自然へ目を向けて(広く原発問題もそう)いきたいと思うのに、仕事やその他で振り回されて動けていません。
    4月の引越しを決め、それもあって例年より忙しい3月になりそうです。
    春からのリニューアル稼働になりそうです。

    今冬のよいこと。
    風邪で寝込んでいないこと。そして冷えによる坐骨神経痛で悩むことが、年が明けてから全くないこと。
    体の声を聞きながら、苦手な季節の変わり目を乗り越えていきたい。それには、自然の変化を楽しむことが必要です。私の住む東京では沈丁花が咲き始め、木蓮のつぼみがふくらみ始めました。春を待つ気分は空気の匂い、旬の食べ物や行事食、そして明るい色の服でもたらされますね。

    ブログリニューアル、ただいま遅延

    • 2014.01.19 Sunday
    • 23:58

    1月から新しくテーマを絞って展開するつもりの当ブログですが、

    仕事やらなにやらに追われて、まったく書けてません。

    2014年あけて早々、バタバタしていて、既に目標に躓いています。

     

    備忘録 12月25日

    • 2013.12.25 Wednesday
    • 22:53

    静かに縮み、そして衰えていく

     

    人間の例えではなくて、トーキョー、日本のこと。

    クリスマス前に半月前にやっと予約が取れた表参道の病院へ行った。ところが診察券と保険証を入れた手帳を忘れ、10割負担を支払うために銀行に行くと時間がなくなるので、その場で年明けの予約を入れてオフィスに逆戻り。なんとも脱力の勤務時間中の中抜けだった。

    表参道は華やかで平日の午後なのに人が多い。でも、原宿方面に歩いていくうちに背筋が少しひんやりした。私はそう若くはないので、20年前の表参道を知っている。同潤会アパートがまだ残っていて、白くてピカピカしたビルが一つもなかった頃。キャットストリートが「裏原宿」と言われるずっと前の頃。

    なんだか虚構めいて、街の力の衰えを感じるのだ。その理由の一つは、既に知っている青山界隈の空きテナントの増加による急激な街の活力の衰え。そして、消費行動の衰え。

     個人的には地球に負荷がかかる消費は必要ないし、小売業は苦しいだろうけど、必要なものを熟慮して買う時代が来てくれないか…と思ったりしているのだけど、どこか腑に落ちない。ふと、思い出したのは、先日、バブルの頃からバックパッカ―としてアジアを旅したり滞在したりしてきたベテラン旅行作家の男性から聞いた話。
     

    最近気になるのは、ゲイの男性が増えていることだそうだ(エイズの発症も増えているらしい)。男女が結婚どころか恋愛をしなくなっていて、それには女性側の高い(条件などの)要求があるのではないか。…これはある程度わかるのだけど、その次の話が印象に残ったのだった。

    聞きながら不思議な気持ちにとらわれる。(考古学なんか少し学んだりしたからだろうか、理屈でなくて妙に納得するのだ。1万年前の縄文人は長くて40歳くらいで死んだ。江戸時代は還暦まで生きたら長寿だった。だから必要があって結婚が早かった)
    今は結婚の平均年齢が遅くなり、人生が長い…学力が高くなったことや肉食系といわれるタイプの激減。今動物や昆虫が自らの種に備わった装置を使うかのように全滅したり激減したりするように、自ら人口を減らすがごとく淘汰の力が働いているのではないか…開発途上や先進国を目指すアジアの国々の恋愛事情(ゲイ男性の増加が顕著だそうだ)と。実はその人が聞いたという徹底的にベジタリアンの生活をした女性が30代半ばで閉経してしまった話が発端だったのだけど。

     

    表参道の風景の先の幻視に、その話がふとつながった。華やかなクリスマスの都会を眺めた数時間後にそんなことを考え始めた。

     

    私のようなぼんやり人間でさえ考えるくらいだから、感受性の豊かな人は、今の日本に相当な不安や苦しさを覚えてもおかしくない。生きながらえるためにはそれらのセンサーを麻痺させることが必要なのか。そういえば、今年はさほどクリスマスがきらびやかに感じられない。もしかして華やかに飾り立てる気力(コストかもしれない)がなくなってきているのかも。そして、無関心と無気力ががいっそう…

     

    備忘録 12月6日

    • 2013.12.07 Saturday
    • 01:36

    希代の悪法と、戦後の政権(連立含む)でもっとも愚かな首相

    これほど忘れないように書きとどめておきたいことはないってほどだ。まさに備忘録。

    12月5日、参議院特別委員会で「秘密保護法案」を強行採決。国会で安倍首相は第三者“的”な違いのよくわからない2つの委員会を内閣内(!)におくからと急に言い出した。

    12月6日、参議院本会議で約130票対約80票の賛成多数で強行採決した。1年後に施行だそうだ。公明党は魂を売ったと言われても仕方がないでしょ。

    文学、美術、演劇、映画、音楽の分野で多くの著名人が。日弁連を先頭に全国の弁護士の8割以上が。自民党の引退した代議士が。国連の人権委員会が。危ないと言った法律を、とにかく急いで決めたのだ。それを聞いて戦慄を覚えない出版人や表現に関わる仕事の人は、魂が半分傷んでないか。…気づかないほどに。表現に命をかけた時代が約70年前にあったということを忘れてないか。

    評論家で文筆家の半藤一利さんのとなえる40年周期論が妙に当てはまると思えて仕方ない。

    アジアで最初の先進国を目指した日本は、明治が終わって40年たつころに、アジアで戦争を始めた。負けてから40年後にバブル景気で最高潮。そしてそこから失われた20年を経て残りの20年の間に逆に戻る訳で、仕上げは7年後の東京オリンピック(統制と表面だけの東京周辺限定の繁栄)で、それが終わった瞬間に仮の景気が一気に落ち込んで、隣国に喧嘩を売るかも知れない事態になる(今、不信感を新聞があおり始めている)。
    それがちょうど戦後80年の節目で、40年が2回(山と谷)というスパンと一致する。これを都合のよい説だと笑うかどうかは、個々人の自由。

    まだ戦争のあったひどい時代の記憶の残る世代がいる時点で、こんなに愚かなことを決める国はあるだろうか。いや、ある。それが日本だ。今、アジアでもっとも愚かな国かもしれない。秘密保護法制定と来て、調子に乗って次は憲法改正だ。原発事故の収束も原子力発電からの撤収も決意できずに突っ走る、祖父の悲願を達成することに熱意を燃やす戦争を知らない愚かな首相を誰か止めて。

    備忘録 11月29日

    • 2013.11.29 Friday
    • 22:08

    ちっぽけな自分との対話

    自分という人間を少しずつ受け入れるようになれたのは30代に入ってから。
    今年は心身ともに特筆すべきことがいくつかあったけれど、そのうちの一つは瞑想を習ったこと。

    教わってやってみてわかったのは、自分という人間の小ささと愚かさに気づいたこと。そうすると、他人の見方も変わるのだ。投射されている他人から逆に自分の心の動きがわかる
    。この精神的作業がおもしろい。
    何であの人のあの言動に心がざわつくのだろうとか、何でこういう時にこんな考えに陥ってしまうのだろうかとか、理解が近づいた気がする。かと言って理詰めでもなく。…人は幼少から周囲と(他人と)比較しながら成長していく。他人の中で自分という人間を認識していく。それゆえ身につける社会性や集団性、コミュニケーション力。環境が人をアンダーコントロールするということだと教わる。
    瞑想は、それに気づく第一歩。心の奥底にある、特にマイナス感情に気づいたら、それを手放す心の作業を繰り返すことで、捉われている自分を発見する。その先に思考の転換や発展が繋がってくる。心と体の声を聞けて早目に対処することができるのだそう。早くそこまで行きたいなあと思う。

    一見幸せそうで不自由がない60代の女性が、物音が鼓膜に響きすぎてツラいと言って瞑想のレッスンを受けにきたところに居合わせた。ほぼ、無表情で耳栓を携帯して耳に入る音を調節しているその女性は、実は本人は気づかないけれど、長期間にわたり家族や環境にかなり不満を持っているらしかった。それをガマンして今まできた(と本人は思っている)のだろう。心理的圧迫が聴力に影響を及ぼしたケース。身近な例は、腰痛がわかりやすい。

    自分という人間が、ときに嫉妬したり、卑屈になったり、自信を持てなかったり、目立ちたかったり、評価されたかったり、ずるをしたくなったりする程度の器しか持っていないとわかったとき、落ち込むより「なーんだ、わたしって実にちっぽけな人間じゃないの」と肩の力が抜けて、少しおかしくて笑いたくさえなった。そして愚かでちょっとだけ愛しくて、だから自分を見放してはいけないなと思ったのだった。

    いいのです。器の小さい人間だって、それなりに生きて幸せになりたいなと思ったって。でも、器の小さい人間が、こうでなければならない、こうあるべきだとのセルフイメージを高く持ちすぎて、周りも自分を評価してくれる環境や人間関係であってほしいと思うと、途端にそれに合わせて無理をすることになる。

    現在の日本で、自分と付き合えるということが、恐らく予想されるサバイバルな状況で大きな一助になることは間違いないと思う。そして、その過程で、マイナスのスパイラルに落ち込まない思考法を体得(感じないとだめです)することが生きてくる。

    民藝沖縄短訪・その1

    • 2013.11.25 Monday
    • 22:17

    (5カ月たってやっと書きあげることができた、夏の沖縄行きの記事です)

    やんばるに芭蕉とともにある土地を訪ねる

    6月末と7月にまたがった短い旅行から帰って翌日からの1カ月半は仕事の繁忙期で、怒濤のように過ぎました。通勤のかばんに入れた『沖縄文化論』(岡本太郎・中公文庫)のカバーが疲弊してヨレヨレで読み終わったらお盆が過ぎ…那覇について高速バスを待つ間に空港内の書店で買ったもので、読み終わるまでこんなに時間がかかるとは…

    (そして、この記事は数カ月止まったままで、やっと11月になって書きました。)

    旅の経験が特殊で(京都の工房とか調査とか)、かつ回数そのものが少ない私にとって、九州をすっとばして初めての沖縄行き。沖縄といっても行った先は、北部の名護そして大宜味村。観光というより見学旅行。それがディープで面白かったのです。

    その1
    〈やんばるの芭蕉布〉

    芭蕉布とは?
    芭蕉とは植物の芭蕉です。糸が取れる芭蕉(実はなっても食べられない)の種類からとれた繊維で織った布。さらにいうと茎の外皮を剥いて取り出せる部分(靱皮繊維という)から繊維を取り出して糸にしてから織った布のことです。

    黄色いバナナは実がなる「実芭蕉」のこと。葉そのものや幹の芯、幹にたまる渋まで利用していたという、暮らしに寄り添った植物です。

    藤(蔓の皮を利用)や科(しな・樹皮を利用)から繊維を取り出して糸にする過程で共通の苦労は、靱皮繊維(外の固い皮を剥いた内側)を取り出して灰汁の力で柔らかくし、しごいて不純物を取り除き、細く割いてつなげて長い糸にする…綿や絹とは違う材料を採取する時の手間が多いのが特徴。そして、その糸からできるのは、麻や木綿と比べて固く、強く、そして色や風合いは地味で着る物以外の用途もあったりします。

    芭蕉布はまず、糸にするまでの苦労が大変で、織ることももちろん気を使います。出来あがった薄く透ける布地は沖縄の風土にあったもの。
    宮古(島)の上布、読谷(よみたん)の花織り、首里織り、紅型、竹富(島)のミンサ―、八重山(諸島)の上布……沖縄にはたくさんの美しい布があり、それをひとつひとつ訪ねて見て触れられたら、染織好きとして、どんなに幸せだろうかと思っていました。
    *************************************************
    その中でも1回行ってみたい!と思っていたのは、沖縄県北部の大宜味村の芭蕉布の里。日本民藝協会が催す毎夏の行事・“夏期学校”で会場に選ばれたと聞いたのは年明けのことでした。

    午後2時の開校式には間に合うはずもなく昼過ぎまで仕事をし、羽田へ。夕方に那覇空港の出口で吸い込んだ蒸し暑い空気が、沖縄に来たと実感させてくれました。

    少し余った時間で空港内の書店に入り、『沖縄文化論』(岡本太郎・中公文庫)と『沖縄の伝統工芸』(沖縄文化社)を購入。高速バスに乗り、名護のホテルへ向かったのですが途中でバスが遅れたために、着いたのは夜8時過ぎ。…初日の講演会+琉球舞踊鑑賞は終わり、懇親会もほぼ終盤でした。

    先に来ていた友人とホテル近くのカフェに繰り出して久々に話をしました。年に1回会えればかなりスゴイという距離に住んでいるので、いろいろ話し足りなかったけれど、翌日に備えて10時半には引き上げました。

    2泊3日の中日が、この企画の(私にも!)目玉です。大宜味村へ行き芭蕉布と、新しくできる大宜味村焼物共同組合の登り窯の見学です。
    沖縄県内から4,50人が参加していました。大型バス2台で名護からさらに北部へ移動。海沿いの景色が素晴らしい。南部・中部の海をまともに見ていないためにわかりませんが、隣席の女性が断然名護から先の方が荒らされてなくて海がきれいなんですと教えてくれました。

    芭蕉布作りの技術で人間国宝に認定された平良敏子さんは、お歳は90歳を越えています。大宜味村生活改善センター(この名称に、この村の苦労が伺えます)を会場に、お嫁さんの平良美恵子さん(沖縄民藝協会員)の講義を聞いて、別の部屋で織られた布や仕立てられた着物を間近で見ることができました。
     

    喜如嘉の芭蕉布は、近現代をざっとひも解くと、奨励されたり織り手が減ったり、村を挙げて生産に励んで盛んになったりと、紆余曲折があったそうです。戦後は平良敏子さんがかつて柳宗悦さんの「民藝」の考え方に影響を受け、大原総一郎氏(実業家で芸術や民藝を育てた人たちの一人)や外村吉之介氏(倉敷民藝館j館長)らから励まされて、芭蕉布の復興に情熱を燃やして、今日の大宜味村の芭蕉の里がある訳です。(参考:喜如嘉芭蕉布保存会発行『喜如嘉の芭蕉布 エイサー衣』より)

    時期がずれているけれど(本来は秋)、特別に実演してもらった「苧剥ぎ(うーはぎ)」。糸芭蕉は管理した畑で栽培したものです。

    糸にするまでの工程をざっと。
     

    葉落とし・芯止め(管理の作業)を経て、

    1・苧剥ぎ→2・苧炊き(うーだき)→3・水洗い→4・苧引き(うーびき)→5・乾燥/チング巻き→6・苧績み(うーうみ)

    …苧引きは竹のこき箸で繊維の不純物をしごいて取り除きながら、繊維の質を見て経(たて)糸か緯(よこ)糸かを柔らかさによって分ける作業。熟練の技が必要。

    …チング巻き チングとはヘソのこと。ヘソとはおもに親指を中心に指に糸を巻きつけて巻いた糸玉のこと。「ヘソクリ」の語源はこれだそうです(説明省略)。

    …苧績みは靱皮繊維では必ず必要になる糸を繋ぐ作業です。結んだ節は引っかかっては困るので、これも気を使う作業。私は繊維を割いてそこに繋ぐ繊維を差し込んで撚る(新潟の小千谷や十日町で見た糸はそうしていました。山形の科布もそうでした)方法ではなく、機結び(はたむすび:織りでは欠かせない節が小さな結び方)だったことを知りました。はさみで結んで余った糸を切って苧桶(うんぞーき)に入れます。

    製糸の工程は文章で書いても伝わりにくい。なにせ、糸を績むまたは撚るということは、現代の人にはかなり縁遠い手仕事の経験だからです。織物は、織る前までの気が遠くなりそうな過程をきちんと踏んで、それでやっと機に座れるわけです。績みながら繊維と会話して、機に座って心を無にして湿度や糸の張力を気にしながら織ります。


    …琉球諸島は九州の南端から台湾に至る東シナ海に、転々と弧を描くように連なる南西諸島のうち、沖縄本島を中心に大小の島嶼からなっています。(中略)サンゴ礁独特の青い海と白い砂浜に囲まれた有人の五十余りの島嶼は、いずれも孤立していましたから、島民の生活は原則的に島内と海洋の産物に頼らざるを得ませんでした。琉球の染織特に先島のそれが、地場産業としての純粋性と永続性を保つことができたのは、この離島性にあります。(後略) (『琉球染織「手技」の輝き』・日本放送出版協会)

    自分が住んだ東京や埼玉つまり武蔵野の染織は多くが失われ、跡かたもなくなっている産地や染め織りはかなりあります。それと対極かもしれない。美しい、キレイ、しなやか。……染織の第一評価はそういうものでいい。五感で感じることはとても必要です。
    でもその先に、風土や歴史、女性の労働としての苦労と伝承、そして重工業化と戦争と…そういったことが大いに絡まり染織の興隆と現在の没落があったことを知る点…手技の国(と言ってよいでしょう)だった日本に住む私たちは、あまりにも繊維と染め織りと女性の労働の歴史を軽くいや、見ないできたと言えなくないか。そう熱くなってしまうのは、沖縄の染織を知りたいと思ったら、明治以降の沖縄の歴史と戦争の影響、戦後から続く問題。そういったものを知ることを避けて通れないからです。

    さて、戻りますと。
    芭蕉布は、無地と縞、格子、そして絣の柄があります。その際の色は、〕(琉球藍/キツネノマゴ科)⊆嵶愬漾淵董璽/木の幹の皮)の2色だそうです。糸の染めと整経などの作業は割愛します。
    …織りに適した時期は、5-6月の梅雨の時期だそうです。(以上、前述『喜如嘉の芭蕉布 エイサー衣』より)

    この大宜味村の特徴は、芭蕉布だけではありません。シークワーサ―というかんきつ類はここの特産です。そして、この村は長寿の村としても県内外から視察が訪れるというほどの有名ぶり。
    これは村で用意してくださった、地元の野菜などを使った長寿食のメニューによるお弁当。「椿寿御膳弁当」豆腐や海藻でつくられたおかず、ゴーヤなどの野菜。紫と黄色と緑の色もキレイで品目は17と、大満足でした。

    名護から奥に入る高速バスはないので、レンタカーまたは自家用車でしか入れない、沖縄の北部の村は、薩摩藩以来占領下までずっと厳しかったであろう長い年月に、少ない材料で暮らしを続け、戦後もしばらくそうであったがゆえに芭蕉布を保存できたわけです。

    その歴史・事実がなんとも重く、そして自然とともに暮らすということの見事な例を見せていただいたと思いました。



     






     人間国宝の平良敏子さんです。
    ご担当は糸を績む係。黙々と繋いでいる手元を見せてもらいました。

    技術保存としての評価もそうですが、この方の功績はおそらく(柳宗悦の影響は大きい)、芭蕉布という布そして材料の栽培から糸を取り、染めて織るという芭蕉布の工程一連の技術を保存し次世代に伝えるという役割。それを背負って、戦後の芭蕉布を、他の染織品とともにここまで率いてこられた活動の部分が多くあります。






    豊かなものが少なかった地域に本当に手のかかる真の豊かなものが残っているケースが多いのです。豊かさのもたらした負の側面を、日本の繊維産業を考えた時、その点に思いを馳せざるを得ません。
    見学した内容を反芻していると、そういうマイナスの側面を考えてしまい、毎回とうてい考えきれない重いものを持ちかえるのですが、それでもこの島の厳しくまた強い自然に圧倒され、シンプルに生きるとは暮らすとは……と心の奥底から普段とは違う思考やインスピレーションや五感の働きが浮上してくる感覚があるのです。

    つまり、私たちは半分感じないで現代の便利な日本を生きているとも言えそうです。



    沖縄出身の山之口獏による詩を刻んだ石碑。


     

    そして、民藝を提唱し、沖縄の美しい手仕事を愛した柳の文章。
    …忘れ難いそれらのものの一つに芭蕉布がある。(中略)どれもとりどりに美しい。こんなにも自然な健在な品物が今も生まれるのは奇蹟に近い。だが織物を語るのが多いに拘(かかわ)らず、芭蕉布を語るものが少ないのは不思議である。(後略)(『柳宗悦コレクション2 もの』より「沖縄の芭蕉布」)

    備忘録 11月23日

    • 2013.11.23 Saturday
    • 09:14

    ノ―ライフ、ノ―ユアペース

    小さい頃から空気の読めない子どもだった。自分の性格は20歳のころに性格診断の本を読んで知った。マイペースのクセに優柔不断や、押しの弱いところがあったり、勉強で苦手科目は納得するまでに時間のかかる子だった。叱られてべそべそしてたと思ったら、ある瞬間にパッと切り替わるというパターンを、両親はよく目撃したらしい。グループで行動してもよそ見をしていた子は、大人になって完全に群れることから遠ざかった。

    20代後半くらいからだろうか、接していると楽だと言われることが時々ある。それは気を使っているからではなく、相手との関係において対等にとか自分を優位にとか考えて接していないからだ。裏がなさそうと言われることもあった。マイペースの看板を掲げていれば二面性は必要ないのだもの。

    他人にどう思われるか気にしないというのは、社会や組織においてはだいぶ問題になる。親に向いていないと言われた販売の仕事は、世間並みに近づける訓練をしたようなものだった。営業職時代もマイペースに考えることを抑えて、かつて自分が就いた仕事でもあったので店と担当者と商品のためにせっせと頑張った。休日は書評を読み、情報収集に励み、電車の中吊り広告に営業トークのネタを探した。…それが疲れることだと気づいたのは、仕事をやめて2年くらい経ってから。

    空気を読まないことが場の緊張を和らげるというようなことを言われたことがあって、脱力しそうになったことがある。世間は低くしていた評価を時おり高く持ち上げたりする。それを喜ぶより、そう言われるということは、今は相当に場を読み過ぎて疲れる時代なのだと思う。世の中が冷え込んで多くの人の気持ちがすさんでいる、疲れている。その現れ。秘密保護法案なんて浮上している昨今だ。

    5年ほど前に体調を崩した経験から、働きすぎないで身体と心の声を聞くことを考えるようになった。マイペースは今まで持てあますものだったけどそれを受け入れるしかなく、本当の意味で自分の身体と心のペースとつきあって、周囲と社会の様子を観察しながら地に足をつけ「マイペースに基づくマイライフ」の模索を始めたところだ。

    4/11の付記:この2,3カ月でPVが妙に多いことに気づいたのだけど、こんな雑感が読まれるなんて、全く嬉しくなく、よいことでもなんでもない。
    いったい、どうなってるのだ。みな、空気を読んで日々振る舞い、うまく立ち回って果たして自分の生き方に満足できるだろうか。むしろ日常を離れたり、溜まったストレスをどうにかしたくなるだろう。そして、職場や仕事の経験が少なく、または合わないためにうまく立ち回れず苛立つ人も増えただろう。この数年目立ってきたヘイトスピーチ、いじめの陰湿化、ブログやSNSの炎上など他に向けることでストレスや抑えた感情を処理するなんて、この国に住むだいぶ壊れる手前が近づいている人の層が厚くなっているみたいだ。
    こんなに窮屈な社会になったのには、政治にも原因があると思う。教育もしかりだと思う。気づいている人は気づいている。この国は弱い人に冷たく、教育は費用が高くて学校に行きたくても行けない子どもが増え、電車でベビーカーで乗り込む母親にかつての母親だった老女が過去の自分を重ねて文句を言い、母親は幼少期は子どもに集中しろと言い、少子化について若い人に矛先を向け、そして、貧困率は先進国でかなり高い。幼児虐待に排外主義にと、挙げ始めると憂うつになるけれど、その根本をたどると、思考の転換が必要だったり、政治がおかしかったり、行政がこと無かれ主義だったりする訳だ。
    疑問をちゃんと持っていた方がいい。手っ取り早く近くに当たるか現実から逃避するかではもう処理できないくらい、状況は病んでいる。そう、病んでいるのはこの国(政府かもしれない)で、多くの人の不満に対応しないこの社会を運営する側が一番、空気を読めてない。
    自分のことを考えると、空気を読むことが減る。意外と(私もだった)周囲の中における自分の立場や必要な振る舞いしか考えていないことに気づくのがまず第一歩だ。

    備忘録 11月20日

    • 2013.11.20 Wednesday
    • 22:15
    忘れ物と秋を終える支度

    いつの間にか、晩秋と呼ぶのにふさわしい気温と日差しと木々の葉の色づき具合になっていたことに気づく。
    昼間に通っている事務所から近いマンモス大学の講堂前のいちょうが、ほぼ金色。昼に庭園に行こうとしてその前にある大木に気づき、「しまった!」という気持ちに襲われた。お弁当を持っていった庭園は休みで閉まっていた。1週間くらい天気がよければ通わないと、秋がゆくのを見逃してしまう。季節が行ってしまうのをちゃんと見届けたい気分になるのは毎年のこと。

    気づいたと言えば、今日は帰宅して突然、初夏につけた梅酒の瓶の存在を思い出した。この数カ月、いや漬けこんでからさっぱり忘れていたのだった。見事なくらい。…連絡しようとする場所のメモを持ち歩いて1週間忘れたり、知人へのメールの返事なども忘れて、ふと思い出して慌てることがある。梅酒を思い出したことは何だか幸せを感じたので、こういう忘れ方は悪くないと思うのだけど。

    もう一つ気づいたと言えば、3日前だったか、70代のおじいさんがやってる近所のパン屋さんの前を通ったとき、ふとクリスマスのシュト―レン(このお店のシュト―レンは絶品の類)の時期ではないかと気づいて(思い出して)、店に入ったこともそうだ。
    販売開始を聞く前に横のラックにずらりとならんだシュト―レンを見た私に、おじいさんが隣町の明治屋で買ったドイツのシュト―レンの薄切りと、今年最初のシュト―レンの薄切りの食べ比べをさせてくれた。もちろん、そのお店の方がしっかりと甘く、パサついていない。自信のありそうな職人の笑顔に出合った。来週来ますと約束してドアをガラガラとあけた。閉店後はさっそく第2弾を焼くのだって。

    食べものに関してふと思い出したり気づいたりすることは、けっこう楽しい幸せな(小さな)ことが多い。そういう気づき方や思い出し方は大歓迎。

    里山の味覚とお散歩マーケット

    • 2013.11.19 Tuesday
    • 22:57

    このブログを始めて最初の頃に書いた記事の中に、
    埼玉県飯能市内の限界集落・間野黒指(まのくろざす)地区、細田地区で行われた
    初夏の「お散歩マーケット」があります。5月と11月にあり、秋の回は参加していなかったので、母と行ってみました。

    …このイベントは2,3年の間に知名度も上がり、過去に第4回エコツーリズム大賞を受賞したとか。
    実家から最寄りの駅に出て、国際興業バスの「間野黒指」行きに乗って30分ほど。終点のバス停から少し歩けば、
    イベントの受付所が見えてきます。

     イベントに参加する訳ですから、ちゃんと受付をしないとね。この地区で出店する人たちは、品物を売るといっても 安い価格ですから利益が出ることをめざしてはいないはずです。むしろ 応援を頼んだりして、たいへんだと思います。この地区は、かつて西川材 (有名な杉材)で潤った地域で、日当たりのよい地形にあり、裕福な農家 が多かったと思わせるポイントがいくつかあります。
     多くの家に蔵がある。水は飯能市から購入せず、独自の地下水を利用した水道網を持っている。日当たりの良さは果物や野菜の収穫にとてもよい。土地(山と木材)を持っているお宅もある。…私はよそ者だけど、数回通った母が教えてくれました。








    受付で地図をもらいます。スタンプラリーができるようになっていて、各お店で売るものが載っています。マイカップ・マイ箸は大歓迎(私はすっかり忘れていた)で、ゴミはお店で引き取ってもらうか、持ち帰りです。



    今年の5月の開催時には、前日の夜にテレビ東京系の「アド街っく天国」で飯能地域が取り上げられてその中で紹介されたことで、わんさか人が集まり、たいへんだったとか。…テレビの効果ってコワい。

    集落が受け入れる人数の限界がある訳なので、それも含めて適正な参加者数には限りがあるでしょうね。



    天然の椿油が売っていました。地元の椿油は、原油を1升瓶に詰めて熊本県の加工場に送り精製してもらうそうです。
    純度100%です。大量生産はせずに、このイベントでだけ売るというプレミア商品。でも、手間賃を考えてもお安いと思います。
    髪に気を使うお年頃の60代の母はボトル(大)を購入。


    このイベントは「エコツーリズム」の考えにのっとっている訳で。
    「ひつじや」という、お店の中にあったタペストリーです。
    埼玉県は西部エリアしか知りませんが、所沢・入間・川越・飯能あたりは脱原発の活動を頑張っているグループがいると聞いています。
    原子力発電は地球温暖化対策に有効なクリーンエネルギーだという大ウソに、長く私たちは気付けなかった。でも、今はイヤというほど知っています。
    原子力の出すものは、地球を永く汚して人間の命も植物も動物も汚染します。

    後日、父から聞いたのは、この地区の住民の方は多くが脱原発の意志を持っている、ということ。県内の原発について考えたり話し合うイベントのチラシが軒先に何種類もありました。こういった活動は力まずかつ前を見ていて、とてもいいと思います。

    この家屋の2階には、ウールを天然の草木で染めて紡ぎ。高機で織っている教室が開かれているそうです。
    そのひつじやさんの奥は柱をぐるっと囲むカウンターと、それにつながるキッチン。今日だけ解放しているらしいです。このお店はフリーマーケットの他に飲食を提供していました。





















     

     

     

    …いやいや、それにしても本当によい天気。
    これは出荷用のユズの畑です。日当たりのよい斜面にゆったり植えられています。今年はユズの“なり年”だってさ、と前を歩く初老の男性グループ。



     おひるは、野菜の味がしっかり浸み出た豚汁。













    そして紫いもをつかったおまんじゅう。
    …はふはふっと芋の自然な甘さを味わって満足。







     

     

     

     

    今回、購入したものの一部。
    ベーグル、桑の実のジャム、ざくろのジャム、レモン、色づいたすだち(レモンのおまけ)、小粒の福みかん。

    参加者はリピーターも多く、アウトドア好きを含め子どもから健脚の60代くらいまで。赤ちゃんを背負っている人も。
    天気がよかったせいもあり、晩秋の陽気の中、山を登り、林を抜けて散策しながらスタンプを集めてコースを回って、
    約3時間半くらい。…新しいお店や、出店の内容も工夫されていて、もてなす側も慣れた感じがあって、必死な感じがなくてよかったです。
    ベテランの運営するイベントは、参加する方も十分に楽しめます。

    このイベントの効果はいろいろあるらしく、この近辺に引っ越してくる若いカップルやファミリーもいるとかなんとか。
    エコツーリズムが色々根付くといいな。最近覚えた「ローカリズム」(グローバリズムの対極にある概念)とリンクするし、豊かなものをお裾わけしてもらって、ほんとうに豊かだということって何だろうと考えました。それが、エコ・ツーリズムの目的の一つですよね。

    来年、また行こう♪




























     

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